こんにちは。人生の後半を穏やかに整えるヒントを発信している、中山眞治です。

筆者近影 作品「月のあかりに濡れる夜Ⅳ」と共に
さて、50代を過ぎた頃から、ふとした瞬間に、歳を重ねることが怖くなる場合があります。
「この先、健康を失ったらどうしよう」「一人になったら、どのように暮らしていけばよいのだろう」「今までできていたことが、少しずつできなくなるのではないか」。
このような思いが次々に浮かび、まだ何も起きていないのに、心が落ち着かなくなることはありませんか?
何か一つ、はっきりとした問題があるわけではないかもしれません。健康、老後のお金、親の死、自分自身の老い、孤独など、いくつもの心配が重なり合い、「何となく将来が怖い」、という大きな不安になっていることもあります。
しかし、漠然とした不安を感じるのは、心が弱いからでも、考え方が後ろ向きだからでもありません。人生の後半が現実味を帯びてくる中で、これまで遠くに感じていた変化を、自分自身の問題として受け止め始めたためとも考えられるのです。
大切なのは、不安を無理になくそうとしないことです。不安を持ってはいけないと思うほど、かえってそのことばかりを考えてしまう場合があります。
この記事では、歳を重ねることへの怖さがなぜ生まれるのかを確かめながら、漠然とした不安を整理して、心の負担を少し軽くする考え方をご紹介しましょう。
それでは、早速どうぞ!
なぜ50代以降は歳を重ねることが怖くなるのか

50代以降になると、それまで遠い未来の話だと思っていた「老い」が、少しずつ自分自身の問題として感じられるようになるのです。
疲れが取れにくくなったり、健康診断の数値が気になったりすることもあるでしょう。親の老いや同世代の人の病気を通して、自分の将来を重ねて見ることもあるでしょう。
仕事、収入、人間関係などが変わり、これまでと同じ生活がいつまでも続くとは限らないと感じることも増えていくのです。
こうした変化は、一つずつ起こるとは限りません。健康、お金、孤独、親の死、自分自身の老いなどが重なって見えることで、「何が不安なのか分からないけれど、何となく怖い」、という気持ちが生まれやすくなります。
本章では、50代以降に漠然とした不安が強くなりやすい理由を、四つの角度から見ていきましょう。
歳を重ねることへの不安を、一人で抱え込んでいませんか?
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健康・お金・孤独・親の死が一度に重なって見える
人生の後半に感じる不安は、必ずしも一つの原因から生まれるわけではありません。たとえば、以前よりも疲れやすくなったことをきっかけに、「この先、病気になったらどうしよう」、と考えることもあるでしょう。
そこから、「働けなくなったら収入はどうなるのか」「医療費や介護費が必要になったらどうするのか」「一人で暮らせなくなったら誰を頼ればよいのか」、と心配が次々につながることがあるのです。
親の体調が悪くなったり、親を見送ったりした経験から、自分自身の老いや死を急に身近に感じることもあるでしょう。同世代の人が病気になったという話を聞き、「次は自分かもしれない」、と不安になることもあるでしょう。
しかし、頭に浮かんだ出来事のすべてが、今すぐに現実になるわけではありません。健康への心配と、お金の問題と、将来一人になる可能性は、それぞれ異なる問題です。
ところが、不安が強いときには、それらを分けて考えることが難しくなります。いくつもの心配が心の中で重なり、「人生の後半は大変なことばかり待っている」、という一つの大きな恐怖に見えてしまいます。
まずは、不安の大きさだけを見て自分を追い込まず、複数の心配が重なっている可能性に気づくことが大切です。
若い頃には遠かった「老い」が自分の問題になる
若い頃であっても、誰もが歳を重ねることは分かっています。しかし、知識として分かっていることと、自分自身の変化として感じることは同じではありません。
50代以降になると、鏡に映る自分自身の姿や体力の変化、疲れの残り方などを通して、年齢を実感する機会が増えていきます。
今まで簡単にできていたことに時間がかかると、「これからは、もっとできないことが増えていくのではないか?」、と感じることもあるでしょう。また、親の老いは、自分自身の将来を映す鏡のように感じられることもあるでしょう。
親が病気になったり、介護が必要になったりすると、目の前の親を心配すると同時に、「いつか自分にも同じことが起こるのではないか」、という怖さが生まれることもあります。
老いを怖いと思う気持ちの中には、病気や死への恐れだけでなく、自分らしさを失うのではないかという不安も含まれているのです。
人の手を借りなければ暮らせなくなることや、自分で物事を決められなくなることを想像し、落ち着かなくなる人もいるでしょう。
だからこそ、「老いを怖がってはいけない」、と否定することはありません。その怖さには、自分自身の暮らしや、尊厳を大切にしたいという思いも含まれているのです。
できることや残された時間に限りを感じ始める
若い頃は、失敗してもやり直せる時間が充分にあるように感じられるものです。今すぐ始めなくても、いつか取り組めると思うこともできます。
しかし、50代以降になると、「残された時間には限りがある」という現実を、以前より意識するようになるのです。
「今から始めても遅いのではないか?」「元気に動ける時間は、あとどのくらいあるのだろう」「やりたいと思っていたことを、何もできないまま終わるのではないか?」。
こうした思いが重なると、年齢そのものが自分自身の可能性を狭めているように感じることもあるでしょう。
体力や環境によって、以前と同じやり方では難しくなることもあります。それは確かに、歳を重ねる中で直面する現実の一つです。しかし、「以前と同じようにできないこと」と「何もできなくなること」、は同じではありません。
不安が強いときには、少しの変化を見つけただけで、その先にある大きな喪失まで一度に想像してしまいがちです。今日できなかったことを、「これから先は、ずっとできない」、と受け止めてしまうこともあるでしょう。
このような心の動きに気づくことができれば、今起きている変化と、まだ起きていない未来を少しずつ分けて考えられるようになれます。
理由を説明できない不安も自然な心の反応
不安を感じているのに、その理由をうまく説明できないと、「自分は考えすぎなのだろうか」、と悩むこともあります。
何か具体的な問題があれば、対策を考えることができます。しかし、健康、お金、家族、自分の老いなどが複雑に重なっていると、どれが一番の原因なのか分からなくなるのです。
そのため、「何となく将来が怖い」「落ち着かない」「気持ちが晴れない」という、曖昧な形で不安が現れることもあります。
このような感覚を、無理に一つの理由へ結びつけることはありません。心は、まだ言葉になっていない変化や心配を先に感じ取ることがあります。原因を説明できないからといって、不安そのものが存在しないわけではないのです。
ただし、頭に浮かんだ不安のすべてが現実になるわけでもありません。不安は将来の危険を知らせる働きを持つ一方で、起きるかどうか分からない出来事まで、すでに迫っている危険のように感じさせることがあります。
「何を不安に感じているのか、今はまだ分からない」、と認めるだけでも構いません。すぐに答えを出そうとせず、自分の心が揺れていることを静かに受け止めるところから、不安の整理は始まるのです。

歳を重ねることが怖いと感じても、それは心の弱さではありません。まずは不安を否定せず、「人生の変化を感じ取った心が反応している」、と受け止めることが大切になります。
まだ起きていない未来を考えるほど不安が大きくなる理由

将来について考えることは、決して悪いことではありません。健康や暮らしについて前もって考えることで、必要な備えにつながることもあるのです。
しかし、未来には、今の時点では答えが出ないこともあります。その答えを何とか見つけようとして考え続けると、安心するどころか、新しい心配が次々と生まれることもあります。
特に不安が強いときには、起きる可能性の一つにすぎない出来事が、必ず起こる未来のように感じられます。不安をなくそうとして情報を集め続けるほど、怖い話ばかりが目に入り、心が休めなくなることもあるでしょう。
本章では、まだ起きていない出来事を想像することで、不安が大きくなっていく心の動きを見ていきます。
人は分からないことに悪い結末を当てはめやすい
未来に何が起こるかを、正確に知ることはできません。分からない部分が多いからこそ、人はそこへさまざまな想像を当てはめます。
心が落ち着いているときには、「心配していることが起きない可能性もある」、と考えられます。しかし、不安が強いときには、悪い結末ばかりが現実味を持って見えてくるのです。
少し体調が悪いだけで、重い病気ではないかと心配したり、老後のお金に関する記事を読んで、自分も生活できなくなるのではないかと感じたりすることもあるでしょう。
これは、将来を真剣に考えているからこそ起こる、心の動きでもあります。ただ、思い浮かんだ悪い結末は、現在の事実ではありません。
「その可能性があること」と「必ずそうなること」、を分けて考えるだけでも、未来を必要以上に怖がらずに済むようになれます。
一つの心配が次の心配を呼んでしまう
漠然とした不安が大きくなるときには、一つの心配から別の心配へと、考えが連続していることもあるのです。
たとえば、「体力が落ちてきた」と感じたところから、「病気になったら働けない」「収入が減ったら生活できない」「一人で動けなくなったら誰にも助けてもらえない」と、まだ起きてもいない出来事が一本の線でつながってしまいます。
一つひとつを見れば、起こる時期も可能性も異なります。それでも、頭の中で連続させると、すべてが近いうちに起こるように感じられることもあるでしょう。
このようなときは、最初の心配がどこにあったのか分からなくなるほど、考えが広がっていることがあります。「今、実際に起きていることは何か」、と立ち止まることで、想像と現実を分けやすくなれます。
将来を考えることをやめるのではなく、心配がどこまで広がっているかに気づくことが大切です。
不安をなくそうとするほど不安へ意識が向く
不安を感じると、多くの人は「早くこの気持ちをなくしたい」、と思います。しかし、不安を消そうとするほど、自分の心が不安へ向いてしまうことがあります。
「まだ不安が残っている」「どうすれば安心できるのか」、と繰り返し確かめていると、不安は常に意識の中心に置かれてしまいます。少し心が落ち着いても、また不安が現れたことに落胆し、自分を責めてしまう場合もあるのです。
不安は、完全になくしてからでなければ、日常生活へ戻れないものではありません。「今は少し不安を感じている」と認めながら、食事をしたり、家事をしたり、休んだりすることはできます。
不安を追い払おうとせず、そこにあることを認めると、不安との距離が少し生まれます。気持ちを無理に前向きへ変えるのではなく、不安だけに心を占められない状態をつくることが大切です。
不安な情報の集めすぎが心を疲れさせる
健康、老後のお金、介護、孤独などについて調べることは、必要な備えにつながります。ただし、安心できる答えを求めて情報を集め続けると、かえって不安が強くなることもあります。
インターネットやSNSでは、深刻な体験や強い言葉ほど目に留まりやすいものです。何度も見ているうちに、まれな出来事まで、誰にでも起こる身近な危険のように感じることもあるのです。
一つの不安を解消するために調べ始めたのに、別の病気や新しい老後問題を知り、心配が増えてしまうこともあるでしょう。
情報を見る前よりも気持ちが重くなったり、同じ内容を何度も検索したりしているならば、いったん画面を閉じてみましょう。必要な情報を調べる時間と、心を休ませる時間の両方を持つことが大切なのです。
漠然とした不安を小さく分けて整理する方法

「何となく将来が怖い」、と感じているとき、不安は輪郭のない大きな塊のように見えます。そのまま頭の中で考え続けていても、同じ心配を何度も繰り返し、疲れてしまうことがあるのです。
このようなときに必要なのは、すべての問題を一度に解決することではありません。今すぐ考えられることと、現時点では答えが出ないことを分けるだけでも、不安は扱いやすくなります。
自分で備えられる範囲を確認すると同時に、自分ではコントロールできない出来事まで背負わないことも大切です。
本章では、頭の中で広がっている不安を小さく切り分け、心の負担を軽くするための整理方法を考えます。
頭の中の不安を言葉にして紙へ書き出す
不安を頭の中だけで考えていると、同じ心配が繰り返され、実際以上に大きく感じられることがあります。そのようなときは、頭の中に浮かんでいる不安を紙へ書き出してみましょう。きれいな文章にする必要はありません。
「病気が怖い」「一人になったら心配」「老後のお金が足りるか分からない」、このように、短い言葉で充分です。書き出すことで、漠然としていた不安の中に、いくつかの異なる心配が含まれていることにも気づけます。
言葉にできない不安は、「理由は分からないが落ち着かない」、と書いても構いません。無理に原因を決めず、今の気持ちをそのまま外へ出すことに意味があるのです。
紙に書いたからといって、問題がすぐに解決するわけではありません。それでも、不安を頭の中から少し離して眺めることで、考えを整理しやすくなれます。
今すぐ対応できることと今は答えが出ないことに分ける
書き出した不安は、「今すぐ対応できること」と「今は答えが出ないこと」、に分けてみます。体調で気になることがあれば、受診や健康診断について確認できます。現在の収支が心配なら、今の状況だけを確かめることもできます。
一方で、「将来、大きな病気になるか」「何歳まで一人で暮らせるか」など、今考えても答えが出ないこともあるのです。
ここで大切なのは、今できることを急いですべて実行することではありません。対応できる問題だと分かるだけでも、漠然とした怖さは少し変わります。
今は答えが出ないことについては、「考えてはいけない」と否定せず、「今日、結論を出す必要はない」、と区切ります。答えの出ない問題を抱え続けないことは、現実から逃げることではありません。
自分で備えられることとコントロールできないことを分ける
将来に備えることと、未来を完全に思いどおりにしようとすることは異なります。
生活習慣を整えたり、暮らしの状況を確認したりすることは、自分で取り組める範囲です。しかし、病気を完全に防ぐことや、将来の人間関係をすべて予測することはできません。
私が、ファイナンシャル・プランナー(AFP)や終活カウンセラーとして学んできた中で感じるのは、備えとは、あらゆる不安をなくすことではないということです。
自分にできる範囲を整えたうえで、分からないことを分からないまま受け止める姿勢も必要になります。自分では、コントロールできないことまで何とかしようとすると、どれだけ備えても安心できません。
「ここまでは自分で考えられる」「ここから先は今の自分には決められない」、と境界線を引くことが、心を守る助けになるのです。
一人暮らしの老後に向けて、自分で準備できることを具体的に整理したい方は、次の記事も参考にしてください。 JT51一人暮らしの老後が不安…50代から始める安心の備え
今考えなくてもよい不安にはいったん区切りをつける
不安を書き出しても、すぐに答えが見つかるとは限りません。その場合には、考える時間に区切りをつけます。
「今日はここまでにする」「次の健康診断の結果が出てから考える」など、改めて考える時期を決めてもよいでしょう。
これは問題を放置することではありません。今は判断材料が足りないと認め、必要な時期まで心から外しておく方法です。
区切りをつけたあとに、再び同じ不安が浮かび上がってくることもあります。そのときには、「この問題は、今すぐ考えなくてもよいと決めたはずだ」、と自分に言い聞かせます。
一度で気持ちを切り替えられなくても構いません。不安に答えを出すことだけでなく、考えるのを休むことも、自分で選んでよいのです。

自分で備えられる範囲を確認しましたら、コントロールできない未来まで背負わず、今考えなくてよいことには、いったん区切りをつけましょう。
不安にのみ込まれず今日の暮らしへ戻るために

将来への不安が強くなると、体は今ここにあっても、心だけが遠い未来へ行ってしまっていることがあります。
食事をしていても老後のお金を考え、布団へ入ってから健康や孤独について心配するなど、一日の多くをまだ起きていない出来事に使ってしまうのです。
未来について考える時間は必要ですが、いつまでも考え続けていると心が疲れてしまいます。不安を完全になくさなくても、意識を今日の暮らしへ戻し、心を休ませることはできます。
大きな目標を立てたり、無理に前向きになったりする必要はありません。今の生活の中にある、小さな安心を確かめることが大切です。
本章では、不安を抱えている日常でも、今日の暮らしへ意識を戻すための考え方を見ていきます。
不安な情報から意識して距離を置く
健康、老後のお金、介護などについて、正しい情報を知ることは大切です。しかし、不安を感じるたびに検索を続けていると、心を休ませる時間がなくなります。
情報を見る前よりも気持ちが重くなったり、同じ言葉で何度も検索したりしているならば、いったん距離を置いてもよいでしょう。
すべての情報を遮断することはありませんが、「調べるのは午前中だけにする」「寝る前には見ない」など、自分なりの区切りを決めます。
情報から離れることは、問題から逃げることではありません。必要な情報を落ち着いて判断するためにも、心に余裕を残しておく必要があるのです。
スマホやパソコンの画面を閉じたあとも、不安が残ることはあります。それでも、新しい心配を増やさない時間を持つことで、張り詰めていた気持ちは少しずつほぐれていきます。
一人で考え続けず誰かへ話してみる
不安は、一人で考え続けていると大きくなりやすいものです。頭の中では、同じ考えが何度も繰り返され、別の見方が入りにくくなるからです。
信頼できる人がいるならば、「最近、歳を重ねることが少し怖い」、と話してみてもよいでしょう。それまでのいきさつを、詳細に説明する必要はありません。
相手に解決策を出してもらうことが目的ではなく、自分の気持ちを言葉にすることに意味があります。話しているうちに、自分が何を一番心配していたのか気づく場合もあるのです。
話せる相手がすぐに思い浮かばないときには、紙へ書く方法でも構いません。自分の中だけに閉じ込めず、文字として外へ出すことで、不安との間に少し距離が生まれます。
相手から「考えすぎだ」、と言われたとしても、自分自身が感じている不安まで、間違いになるわけではありません。自分が感じていることを否定しない姿勢が大切なのです。
今日できている暮らしへ目を向ける
不安が強いときには、将来失うかもしれないものばかりに意識が向きます。その一方で、今日できていることは、当たり前のものとして、見過ごしてしまいやすいものではないでしょうか。
朝起きられたこと、食事ができたこと、自分の足で歩けたこと、安心して休める場所があることも、今日の暮らしを支えている大切な事実です。
これは、「恵まれているのだから不安を感じてはいけない」、という意味ではありません。不安を否定せず、それと同時に、今ここにある日常の暮らしを確かめるということになります。
温かい飲み物をゆっくり飲む、外の空気に触れる、好きな音楽を聴くなど、短い時間でも構いません。その間、不安が完全に消えなくてもよいのです。
未来を考える時間だけに一日を支配されず、今日を日常を過ごしている自分へ意識を戻すことが、心の休息につながります。
すでに持っているものを数え直す
歳を重ねると、若さや体力など、失っていくものが強く意識されます。しかし、これまでの人生で積み重ねてきたものもあるのです。
仕事や暮らしを通じて得た経験、自分なりの判断力、困ったときに立て直してきた力などは、目に見えなくても自分を支えています。
頼れる人、落ち着ける場所、続けてきた習慣、好きなことなども、すでに持っている大切なものです。
無理に「自分は幸せだ」、と思い込む必要はありません。しかし、失うかもしれないものだけではなく、今の自分を支えているものにも目を向けることで、将来の見え方が少し変わります。
歳を重ねることは、色々と失い続けていく自分になることではありません。これまでに得た経験を携えながら、人生の後半へ進んでいくことでもあるのです。
将来のためにお金を守るだけでなく、現在の安心や楽しみにも目を向けたい方は、次の記事も参考にしてください。 JT56人生後半を豊かにするお金と心のバランス|FPが考える幸せな老後設計
不安を抱えながら歳を重ねることもできる

歳を重ねることへの不安があると、「この気持ちをなくさなければ、穏やかに暮らせない」、と思うことがあります。
しかし、将来への不安を完全になくすことは難しいものです。健康、別れ、老いなど、自分の力だけでは決められないことが人生には含まれているからです。
不安がなくなるのを待つのではなく、不安がある日にも安心できる時間を持つことはできます。老いへの恐れと、今日を穏やかに過ごす気持ちは、同時に存在しても構いません。
また、不安が強く、生活に影響している場合には、一人で耐え続けることもありません。誰かの助けを借りることも、自分の暮らしを守る方法の一つです。
本章では、不安を抱える自分を責めず、必要な支えも借りながら、歳を重ねていく考え方を見ていきます。
歳を重ねることは失うことだけではない
歳を重ねる中で、体力や外見が変わり、以前と同じようにはできないことが増える場合があります。その現実を「考え方次第で何でも前向きに変えられる」、と受け止める必要もないのです。
寂しさや悔しさを感じることがあっても自然です。ただし、年齢とともに変わるのは、失うものだけではありません。
これまでに経験した失敗や困難は、次に似た状況が起きたときの判断に役立ちます。自分が何を大切にしたいのか、どのような暮らしが心地よいのかも、若い頃より分かるようになることもあるでしょう。
人と比べることから少し離れ、自分に必要なものを選べるようになる人もいるでしょう。老いの中にある恐れを否定せず、それと同時に、経験によって得てきたものも見失わないことが大切です。
できなくなったことだけで自分の価値を決めない
仕事の速さ、体力、収入など、できることの多さだけで自分の価値を判断すると、歳を重ねることが怖くなりやすくなります。
以前より時間がかかったり、人の助けが必要になったりすると、「自分は役に立たなくなった」、と感じることもあるでしょう。
しかし、人の価値は、何でも一人でできることだけで決まるものではありません。誰かの話を聞くことや、これまでに得た知識を伝えることも、人との関わりを支える力になります。
体調に合わせて休むことや、助けを求めることも、暮らしを続けるために必要な判断です。人の手を借りることは、自分らしさをすべて失うことではありません。
できなくなったことだけに目を向けず、「今の自分にできることは何か」、と考えることで、年齢による変化を少し違った位置から見られるようになれます。
不安があっても穏やかな時間は持てる
将来が不安な日でも、食事がおいしいと感じたり、誰かとの会話に心が和らいだりすることもあります。好きな音楽を聴いている間だけ、心配を忘れることもあるでしょう。
そのような時間があっても、抱えている不安が軽いという意味ではありません。不安と穏やかさは、どちらか一方しか持てないものではありません。
「まだ不安が残っているから安心してはいけない」、と考えることはありません。不安があるときにも、楽しいことや落ち着ける時間を大切にしてよいのです。
不安が再び脳裏に浮かんできても、穏やかに過ごせた時間が失われるわけではありません。穏やかに過ごせた短い時間を積み重ねることで、「不安に一日中支配される必要はない」、と感じられるようになれます。
不安から少し離れ、目の前の時間に静かに集中する方法の一つとして、鉛筆画やデッサンを楽しむこともできます。
描く時間が心にもたらす落ち着きや、年齢に関係なく続けられる魅力については、次の記事で詳しくご紹介しています。 LS300なぜ鉛筆画を描くと人生が豊かになるのか?上達だけではない7つの魅力!
不安を抱えながらも、これからの時間を自分らしい方向へ少しずつ整え直したい方は、次の記事もあわせてご覧ください。 JT5750代から人生をやり直すのは遅くない|これからの時間を自分らしく生きるために
不安を消すことだけを目標にせず、自分自身が安心できる時間を守ることも大切です。
不安が日常生活へ影響するときには助けにつながる
不安は誰にでも生まれるものですが、強い不安状態が長く続くと、心や体が疲れてしまうことがあるのです。
眠れない日が続く、食欲が落ちる、仕事や家事に集中できない、外出することが怖くなるなど、日常生活に影響が出る場合もあります。
そのようなときは、「自分で何とかしなければ」、と一人で耐え続けることはありません。医療機関や自治体の相談窓口などへつながることも、自分を守るための大切な選択肢です。
不安の感じ方や原因は人によって異なるため、自分だけで病名を思い込んだり、無理に解決方法を選んだりすることはありません。まずは今の状態を伝え、必要な支えについて一緒に考えてもらうことが大切になります。
助けを求めることは、心が弱いことを意味しません。これ以上苦しさを大きくしないために、早めに支えを借りてよいのです。

不安が生活へ強く影響しているときには、一人で抱え込まずに、医療機関や公的な相談窓口などの力も借りながら、自分の暮らしを守りましょう。
まとめ 歳を重ねることへの不安を否定せず今日を穏やかに暮らす

歳を重ねる中で、「この先、健康を失ったらどうしよう」「一人になったらどうしよう」、と不安になることもあります。
何か大きな問題が起きているわけではないのに、将来を考えると落ち着かず、理由をうまく説明できないこともあるでしょう。
とくに50代以降は、自分自身の体の変化だけでなく、親の老いや死、仕事や収入の変化、老後のお金、人との別れなどが一度に見え始めるのです。
本来は異なる問題であっても、心の中で重なると、「人生の後半には悪いことばかり待っている」、という大きな不安に感じられることもあります。
しかし、不安を感じるのは、心が弱いからでも、考え方が後ろ向きだからでもありません。自分の暮らしや尊厳を守りたいという気持ちがあるからこそ、将来の変化へ敏感になるのです。
その気持ちを「前向きに考えなければ」、と無理に押さえ込むこともありません。不安は、なくそうとするほど意識の中心に置かれ、かえって大きく感じられることがあります。
この記事でお伝えしてきたことを、改めて振り返ってみましょう。
- 50代以降の不安は、健康、お金、孤独、親の死、自分の老いなどが重なることで強くなりやすい。
- 理由を説明できない不安も、人生の変化を感じ取った心の自然な反応である。
- 人は分からない未来に対して、悪い結末を当てはめてしまうことがある。
- 心に浮かんだ思わしくない未来が、そのまま現実になるとは限らない。
- 一つの心配から別の心配へ考えを広げると、不安は実際以上に大きく見える。
- 不安を完全になくそうとするほど、不安へ意識が向くことがある。
- 不安な情報を集めすぎると、安心するよりも心配が増える場合がある。
- 頭の中の不安を紙へ書き出すと、異なる心配を分けて考えやすくなれる。
- 今すぐ対応できることと、今は答えが出ないことを分けて考える。
- 自分で備えられることと、自分ではコントロールできないことを区別する。
- 不安があっても、今日の暮らしへ意識を戻すことはできる。
- 不安が日常生活へ強く影響するときには、一人で耐えずに助けを求めてもよい。
私が、ファイナンシャル・プランナー(AFP)や終活カウンセラーとして学んできた中で感じるのは、備えることは、未来の不安をすべてなくすことではないということです。
健康に気をつけても、病気を完全に防ぐことはできません。お金を整えても、将来に必要となる金額を正確に予測することは難しいでしょう。人とのつながりを大切にしていても、別れを避けることはできません。
だからといって、何をしても意味がないわけではありません。今の自分にできることを確かめ、その範囲を少しずつ整えられましたら、そこから先は「今は答えが出ないこと」として、いったん心から外してもよいのです。
未来について考えることと、未来を考え続けることは違います。必要なことを考えたあとは、食事をしたり、体を休めたり、好きな音楽を聴いたりして、今日の暮らしへ戻りましょう。
歳を重ねることは、失うことだけではありません。体力や外見が変わり、以前と同じようにできなくなることがある一方で、経験を重ねたからこそ分かることもあります。
自分に合う暮らし方や、本当に大切にしたいものが、以前よりも明確になることもあるでしょう。できなくなったことだけで、自分の価値を決めることはありません。
自分の経験を誰かへ伝えること、人の話を聞くこと、助けを借りながら暮らしを続けることにも、それぞれ大切な意味があるのです。
私は、今までにたくさんの心配事を持った経験がありますが、色々心の中を整理するにあたって、最終的に行き着いた考え方があります。単純ではありますが、「今考えても結論の出ないことは考えない」、という考え方をしています。
夜布団に体を横たえて、色々な不安や心配事に向き合ってしまうと、次から次へと不安や心配事が拡大して脳が覚醒してしまい、翌日は、睡眠不足からくる日常の仕事や、生活に影響することがあるのです。
そんな時には、いっそのこと開き直って、「今考えても結論の出ないことは考えない」、と割り切って、翌日「よく眠れたすっきりとした脳」で、今ある不安や心配事を、一旦紙面上に全部の事項を羅列して、消化すべき順番を割り振りましょう。
あとは、その順番通りに、不安や心配事を片付けていけばよいのです。勿論、「そんなに簡単なことばかりではない」、ことは重々承知してします。
しかし、不安や心配事によって、睡眠不足や食欲不振などから、日常生活や仕事で大きなミスを防ぐことが一番重要なはずです。是非、試してみてください。
歳を重ねることへの不安を、一人で抱え込んでいませんか?
老後のお金・暮らし・人間関係・生きがいなど、人生の後半を穏やかに歩むためのヒントを、メールマガジンでお届けしています。
ファイナンシャル・プランナー(AFP)や終活について学んできた視点も交えながら、不安にのみ込まれず、今日の暮らしを大切にするための考え方を、分かりやすくお伝えします。
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私自身も、転職や起業、失敗や挑戦を繰り返しながら、人生の後半を少しずつ整えてきました。このサイトでは、その経験や学びをもとに、人生の後半を穏やかに充実させるヒントを発信しています。
この記事を書いた人
中山眞治
人生の後半を整えるアドバイザー
ファイナンシャル・プランナー(AFP)・終活カウンセラーなどの資格と人生経験をもとに、 40代以降の人生を「整えながら生きる」ための情報を発信しています。
プロフィールはこちら人生の後半とは、遅すぎるのではなく、これからの人生を整えていける時間がまだ充分にあります。あなたらしい歩み方を見つけるヒントになれば幸いです。

